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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2084号 判決 1970年6月30日

第三〇八四号事件控訴人(申請人訴訟承継人) 北川ふぢ

第二〇八四号事件控訴人(申請人兼申請人訴訟承継人) 北川安正

第二〇八四号事件控訴人・第二〇二四号事件被控訴人(申請人) 曾根朝起

第二〇八四号事件控訴人(申請人) 国松ふみ江 外二名

第二〇八四号事件被控訴人・第二〇二四号事件控訴人(被申請人) 松岡合資会社

第二〇八四号事件被控訴人(被申請人) 株式会社辰村組

主文

第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人の控訴および当審における新申請、第一審申請人曾根ならびに第一審被控訴人合資会社の各控訴をいずれも棄却する。

第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人の控訴費用は控訴人らの負担とし、第一審被申請人合資会社の控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人代理人は、「原判決中第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人敗訴の部分を取り消す。第一審申請人合資会社および同株式会社は、原判決添付目録第六記載の建物の二階床北端をとおる冬至正午の日照線より上の部分、(別紙第一図面赤斜線部分)の建築工事をしてはならない。または、右の部分を取りこわさなければならない。第一審被申請人株式会社は、第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人と第一審被申請人合資会社との各所有地の地境に設けたコンクリートブロツク(基礎はコンクリート造り)塀(原判決添付第一図面見取図の青線部分)につき第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人所有地の地表から一・八メートルを超える部分(但し、原判決添付第一図面見取図曾根建物の前の赤線部分)を撤去しなければならない。訴訟費用は、第一、第二審とも第一審被申請人合資会社および同株式会社の負担とする。」旨の判決を求め、第一審被申請人株式会社代理人は控訴および当審における新申請棄却の判決を求め、第一審被申請人合資会社代理人は控訴および当審における新申請棄却の判決を求め、「原判決中第一審被申請人合資会社敗訴の部分を取り消す。第一審申請人曾根の仮処分申請を棄却する。訴訟費用は、第一、第二審とも第一審申請人曾根の負担とする。」旨の判決を求め、第一審申請人曾根代理人は控訴棄却の判決を求めた。

各当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとおり附加、補充するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人代理人は次のように述べた。

1  第一審申請人であつた北川桃雄は、昭和四四年五月一九日死亡し、北川ふじ、北川安正両名が相続したので右両名において本訴を承継する。

2  すべての社会生活は共存共栄が目標であり、すべての法律も秩序もその上に成り立つている。なるほど、日照権については明文の規定は設けられていないが、だからといつてこれを無視すべきではない。隣地者間においては、相互に被害のないよう配慮すべきであり、これを信頼の原則という。隣地者間の土地利用の調整を図つた民法の相隣関係の規定はこの信頼の原則を前提としている。以上のように、土地建物の所有権は信頼の原則によつて制限を受けていると解すべきであるから、隣地者に全く直射日光をさえぎるような建物を建築することは許されない。第一審被申請人合資会社の本件建物の建築は、この意味において違法または権利の濫用である。

3  冬至における四時間を限度とする日照権は、単に、集団住宅の場合においてだけではなく、一般個人の住宅の場合においても認められなければならない。集団住宅であろうと、個人住宅であろうと人間の住宅に差異はない。契約自由の大原則があるにもかかわらず、弱き借地借家人を保護し、高利に悩む貧乏な債務者を保護するのが法であり、社会正義であり、裁判であるはずである。資本家のみが太陽の恩恵を享受することをないようにする意味からも、冬至の四時間日照権から個人住宅を除外すべきではない。

二  第一審被申請人合資会社代理人は、次のように述べた。

1  第一審申請人訴訟承継人・第一審申請人兼同訴訟承継人の前記一1の主張事実を認める。訴訟の承継に異議はない。

2  第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人の前記一2の主張事実のうち、日照権について明文の規定のないことは認めるがその余の事実は否認し、法律論は争う。同じく、前記一3の事実も否認する。

3  本件仮処分は、第一審申請人曾根所有の土地の南側境界線に沿つて設けられた第一審被申請人合資会社所有のコンクリートブロツク塀(以下本件塀という)につき第一審申請人曾根所有地の地表から高さ一・八メートルを超える部分を撤去しもしくは同部分を金網様式の塀とすることを命じ、第一審被申請人合資会社が一定期間内に右命令に従わないときは、第一審申請人曾根の申立を受けた東京地方裁判所執行官は右塀部分を撤去することができるということを内容とする。したがつて、その内容は本案訴訟において勝訴の判決を得たと全く同様に権利の終局的実現を招来するものであり、しかも、その執行は第一審被申請人合資会社に対し回復することができない損害を生ずる虞れがあるから、かような仮処分は保全処分の目的の範囲を逸脱したものであつて許されるべきでない。

4  本件仮処分は第一審被申請人合資会社が一定期間内に本件塀を撤去しなければ執行官においてこれを撤去すべき旨を命じているが、このような塀撤去の強制執行は民訴法七三三条一項に従い、同法七三五条所定の債務者の必要的審尋を行なつた上代替執行の方法によつてすべきであり仮処分裁判所が予め仮処分命令自体の中で前記のような処分を命ずることは強制執行に関する法の体系をみだすものとして許されない。

5  本件塀は長さ四〇メートルに亘るものであり、本件仮処分は、右のうち第一審申請人曾根所有地に接している長さ約一一メートルの部分の塀につき、第一審申請人曾根所有地の地表から一・八メートルを超える部分の撤去を命ずるものであるが、その撤去した場合の損害は、本件仮処分の保証としての五万円をもつては到底償いきれるものではなく、また、右約一一メートルの部分は第一審被申請人合資会社建築にかかる本件アパートの敷地のほぼ中央に位置し、第一審申請人曾根所有地よりも一メートルほど高い本件アパートの敷地から第一審申請人曾根の家屋内が完全に観望でき、かつ盗難防止の観点からもまことに好ましからぬ状況を作り出すこととなる。したがつて、本件仮処分の必要性はない。

三  疏明<省略>

理由

一  当裁判所は、本件アパートに対する申請については、当審における新申請を含め、第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人の申請を理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のように訂正附加するほか、原判決がその理由中に説示したところと同一であるから、その記載(原判決二五枚目-記録三二丁-表三行目から原判決三六枚目-記録四三丁-裏四行目までおよび原判決三九枚目-記録四六丁-裏一行目から四行目「思料される」まで)を引用する。

1  原判決二五枚目-記録三二丁-表一三行目に「居住している。」とあるのを「居住していた。ところが第一審申請人であつた北川桃雄は、昭和四四年五月一九日死亡し、その相続人である北川ふぢ、北川安正両名において本件訴訟を承継した(右死亡および相続の事実は、第一審被申請人合資会社との関係においては当事者間に争いがなく、第一審被申請人株式会社との関係においては弁論の全趣旨によりこれを一応認め、また、承継の事実は、記録上明らかである。)。」と改める。

2  同裏七行目に「債権者ら」とあるのを「債権者北川桃雄の承継人らおよび北川桃雄をのぞく他の債権者ら(以下、債権者らという)」と改め、原判決二七枚目-記録三四丁-表五行目「そして更に」とある後に、「第一審被申請人合資会社主張どおりの写真であること当事者間に争いのない疎乙第二五号証の一、二、第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人主張どおりの写真であること第一審被申請人合資会社との間では争いがなく、第一審被申請人株式会社との間では弁論の全趣旨によつて認める疎甲第三八号証の一ないし四」を加え、同表六行目「一三二」とある後に「、弁論の全趣旨」を加え、同表六ないし七行目に「本件アパートが完成すると」とあるのを「本件アパートが完成し、そのため」と改め、同表一三行目に「日が当るようになること」とあるのを「日が当るようになつたこと」と改める。

3  同裏一一行目「債権者北川桃雄本人の供述」とある後に「ならびに弁論の全趣旨」を加え、同裏一一ないし一二行目に「本件アパートが完成すれば右認定のように冬季の日照の大部分が奪われる」とあるのを「本件アパートが完成したことにより右認定のように冬季の日照の大部分が奪われた」と改め、原判決二八枚目-記録三五丁-表六行目「憂慮している」とあるのを「憂慮していた」と改め、同裏二行目「差止(又は取毀し)」とあるのを「差止(又は取毀し、以下単に差止という)」と改める。

4  原判決三〇枚目-記録三七丁-表九行目「しかして、」から同表四行目までを次のとおり改める。すなわち、「もつとも、

右の妨害が被害者の受忍すべき限度を著しく超えた場合にも、金銭賠償を原則とし、名誉毀損につき例外として名誉を回復するに適当な処分を命ずべきことを定めたわが国における不法行為法上、不法行為の効果として不法行為に対する救済制度に鑑み被害者が加害者に対し不法行為を理由として一定の作為を要求するいわゆる差止(不法行為による結果の除却を含む。以下単に差止という。)請求をたやすく肯認することはできない。すなわち日照・通風の妨害の場合も相隣関係において相互に制約される所有権に基づく妨害排除請求権の行使であれば格別、これをほかにして不法行為の効果として一般的な差止請求権を容認することは、わが法制上その根拠に乏しいというべきである。したがつて、これを前提とする妨害排除請求および右請求を被保全権利とする仮処分申請は、その余の点につき判断を加えるまでもなく、失当であるといわなければならない。

次に、本件アパートの建築は違法または権利の濫用であるから建物所有権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として本件アパートの一部を取り毀すことを妨げないという主張について判断する。」

5  原判決三一枚目-記録三八丁-表六行目「ところで」の後に「前顕疎甲第三八号証の一ないし四、乙第二五号証の一、二」を加え、原判決三四枚目-記録四一丁-裏四行目「二階建の場合でさえ」から同裏一三行目「疎明がない。」までを削り、原判決三五枚目-記録四二丁-表八行目「著しく債権者らの受忍義務を越える」とあるのを「違法ないし権利濫用である」と改め、原判決三九枚目-記録四六丁-裏二行目「申請は」の後に、「当審における新申請を含めて」を加える。

二  当裁判所もまた本件塀に対する申請については、第一審申請人曾根の第一審被申請人合資会社に対する申請は理由があり、第一審被申請人株式会社に対する申請は理由がないと判断するものであつて、その理由は、次のとおり附加するほか、原判決がその理由中に説示したところと同一であるから、その記載(原判決三六枚目-記録四三丁-表六行目から原判決三九枚目-記録四六丁-表一六行目まで、および、同裏五行目から同裏八行目「認容し」まで)を引用する(但し、末尾の「認容し」を「認容する。」と改める)。

同表一行目「採用できない。」の後に行を改めて、

「次に、第一審被申請人合資会社は、同被申請人に対し申請された仮処分命令の内容が本案訴訟において勝訴の判決を得たと全く同様な権利の終局的実現を招来するものであり、しかも、その執行が回復することのできない損害を生ずるおそれがあるから、右仮処分は保全処分の目的の範囲を逸脱したものであつて許されないと抗争する。しかし、本件仮処分は、地表一・八メートルを超える塀部分の仮の撤去または仮の金網様式化を命ずるものであり、被保全権利である妨害排除請求権は所有権に基づき継続的に生ずるものであり、しかも、後日本案訴訟の結果によつては損害賠償請求権の成立による原状回復の可能性も残されているから、本件仮処分が回復不能の損害を与えるものとして保全処分の目的の範囲を逸脱したものであるということはできない。

また、

第一審被申請人合資会社は、本件塀につき、同被申請人が一定期間内にこれを撤去しない場合に備え予め仮処分命令自体の中で執行官にその撤去を命ずることは執行法の体系をみだすものであつて許されないと抗争する。塀撤去のような代替的作為義務を命ずる仮処分に民訴法七三三条七三五条民法四一四条三項が準用されることはまことに第一審被申請人合資会社所論のとおりである。しかし、民訴法七三五条が同法七三三条の決定前債務者を審尋することを要求したのは、債務名義の形成手続において債務不履行の場合の措置について配慮されていないのに鑑み不当な執行から債務者を保護する趣旨に出たものであるから、権利保全の迅速が要請される保全手続において債務の不履行が予定され不当執行の行なわれる危険がきわめて少ない場合等諸般の事情を考慮し相当と認める執行方法を仮処分決定に定めることを妨げないと解するのが相当である。

ところで、本件仮処分は、判決送達ならびに保証供託後七日以内に本件塀のうち第一審申請人曾根所有地の地表から一・八メートルを超える部分の撤去もしくは金網化の命令に従わないとき右曾根の申立を受けた執行官に右塀部分の撤去を命ずる内容のものであり、債務履行の有無が何びとにも容易に判定することができ、不当執行の行なわれるおそれがきわめて少ない場合であるから、授権決定をあらかじめ仮処分命令中に定めることはなんら妨げがないというべきである。

第一審被申請人合資会社は、さらに、本件仮処分は本件塀のうち地上一・八メートルを超える部分を撤去することを内容とするが、この命令が執行されれば、その損害は五万円の保証金で償えるものではなく、しかも、一メートル高い隣地から第一審申請人曾根の家屋内を完全に観望されることとなり、盗難防止の観点からも好ましからぬ状況を作り出すから必要性を欠くと主張する。しかし、仮処分において被申請人の損害を担保するための保証は、被保全権利と必要性との一方または双方を欠く仮処分の執行によつて生ずべき損害を担保するものであつて、被保全権利と保全の必要との疎明がある場合発せられた仮処分による執行によつて生ずべき損害を担保するものではないから、仮処分の疎明があれば損害の一部を担保するに止めてよいところ、本件塀に対する仮処分の疎明に鑑みれば五万円が保証額として少額にすぎるとはいえず、また、前記のような位置関係であるとしても、家屋内の観望を防ぐ方法は塀をそのままにしておくことに限られるわけではなく、家屋に簾、カーテン、通風採光を遮断しない特殊なブラインド等をとりつけることによつて通風採光をさして妨げられることなく家屋内の観望を防ぐ途が他に残されていることは明らかであるから、本件仮処分が必要性を欠くということはできない。

三  よつて、当審における第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同訴訟承継人の新申請は、理由がないからこれを棄却し、前記一、二と趣旨を同じくする原判決は相当であつて、第一審申請人ら、第一審申請人訴訟承継人、第一審申請人兼同承継人、第一審申請人曾根ならびに第一審被申請人合資会社の各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九五条、八九条、九五条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 園部秀信 森綱郎)

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